ネット見ているとこんなアンケートを発見しました。
大人になっても信じてしまう迷信 「親の死に目に会えない」その真意は?
オリコンアンケートより
私は迷信を信じていないというより、そういったことをあまり言われずに育っているため、そもそも知らなかったりします。
そのため、書かれていることは"まったく"と言っていいほど実践していません。(受動的になっているものもありますが)
- 爪は昼夜問わず切り
- 敷居は気にせず踏み(外では礼儀として踏みません)
- ところ構わず口笛を吹き(趣味で練習をしています)
- 黒猫をみたら、驚かせるために追いかけ
- 冷え性のために靴下をはいて寝て
- 普通に夜、鏡を見て
- 枕の向きなど気にせず、寝られるところで寝て
- 霊柩車には興味も無く
- 食べてすぐ横になり
- 茶柱が立つようなお茶は飲まず(煮出しパック)
- 宵越しどころか、二・三日前のコーヒー(お茶)を飲んでおなかを壊し
- うなぎと梅干しも普通に食べ
- 台所は南向き
- 庭には枇杷も植えられ
- 六曜なんてしったこっちゃない(相手には会わせます)
- 耳たぶはあるが、お金は無いし
- 車のナンバーに「42」も入っています
- ついでに、血液型で人間を四種類に分けるという暴挙も納得いきません。
★信じている人を否定はしませんし、話は適当に合わせます。
以上のように、そのあまりの"無視っぷり"には家族もあきれています。平成世代、2000年以降生まれのこどものほうが気にしているぐらいです。
本人としては、信じている人や内容を否定しているわけでないので迷惑を掛けていないと思いますし、こういった迷信ができた謂れやその時代や地域での変遷などには興味はあります。
たとえば黒猫。
上記の迷信からすれば"不吉"なものとされていますが、近世以前は「福の象徴」とされ魔除けや商売繁盛の象徴となっていたようです。そのため"黒い招き猫"は珍重されます。また、日光東照宮の「眠り猫」なども有名です。
そもそも猫は日本では益獣だったわけですから、嫌われる理由もありません。
調べたわけではないので想像ですが、明治以降、西洋文化の流入時に 黒猫=魔女 というイメージが入り、徐々にそれが広まったのではないかと思います。近代の象徴であった西洋文化が迷信化をより進めたというこの説が正しいなら、なかなか皮肉が効いて面白い話です。
そうすると昔から続いているわけではなく、せいぜい3~4世代前ぐらいからのものかもしれません。
続いて六曜ですが
これも実際には乱立されていた暦注のひとつにしか過ぎず、明治時代に確立され普及は戦後の1940年以降です。
何か先祖代々日本の歴史のように思っている方が大半ですが、なんと戦後復興期から高度成長時代に浸透した新参者です。もちろん何の根拠もありません。
そもそも日本人の大半が関係している神道も仏教も六曜とはまったく無関係で、仏教に至ってはお釈迦様が"占いの類はするな!"とおっしゃっているわけですから、熱心な仏教徒の方が「あー大安だ仏滅だ」なんていうことは、まったく行動として矛盾しているわけです。
むしろ、私のような罰当たりものが言うほうが筋が通っていると言えます。
ということで、迷信は無視ですが、それが生まれて現在に至った過程などを考えたりするのは楽しいですね。
ちなみに血液型は1970年以降普及。信じている方は20~50代の女性が中心。年配の男女と当該世代の男性、若年者でも信じている割合は少ない。
TV番組のデータのほとんどはねつ造と言われ、現在ではBPOからの勧告もあり番組自体も少なく、血液型分析を否定する番組も多い。
つまり、ここ数十年、購買層かつTV視聴の中心だったF1層(20-34歳)とその方々が年齢を重ねて到達したF2層(35~59歳)をターゲットに、"一種の占い"としてTV視聴率を上げるために体よく利用されたと考えられる。(F1、F2層はCMに影響されやすく、格好のターゲットとされている)
血液型による性格診断などが含まれると思われる社会心理学分野では「どうして、血液型という根拠のないもので人を分類したがるのか?流布に至った経緯や社会的潮流、説を信じている人の認知について」など、説がうんぬんより、"説を信じている人自体"が研究対象となっているようです。