今朝、庭の片隅で「くちなしの花」が咲いていた。昨年はアゲハ蝶の幼虫に食い荒らされ丸坊主状態であったが、今年は多くの蕾を持ち、花を咲かせたのである。
「くちなしの花」と聞くと、私は「くちなしの白い花、お前のような花だぁった〜」と昔、居酒屋で聞いた歌を思い出す。・・・なんだか「物静かな女性」という勝手なイメージを抱いていました。
漢字でどう書くのだろうと調べると「梔子」となるそうで、日本読みの「くちなし」は、実の口がひらかないところから「口無し」、実にある突起部分をくちばしに見立てた「クチハシ」からの変化したという説があります。
一方、中国では「梔」は、口が小さく楕円形をした一種の酒壺のことで、実の形が似ているところから梔子と呼ぶようになったそうです。
以前、投稿した「さるすべり」。これも漢字で書くと「百日紅」、日本では猿も滑り落ちそうな幹をみて「猿滑り」と呼ばれたのと同じようです。中国人は、実の色を焼き物と見立て、日本人は様相を表現しているのでしょうか。
どちらが良いとかは言い難いのですが、どちらかと言うと色や香りで「読み」が決まったほうが風情があって良いのかなと思います。
「バナナ」を「人滑り」と猿が読んでいたらショックですから。
昨今、アナウンサーさえも流行語を使い、風情のあるきれいな言葉でしゃべれない。・・・ニュースなどを聞くと耐えられないこともままあります。・・・もっと言葉というものを大切にできたら良いなと思います。