本日が私の本年初投稿日。少し遅いのですが「皆様、あけましておめでとうございます。」
今日も寒い朝から始まりました。本校の前庭は霜で真っ白。
昨日のh2さんの投稿にもありましたように、写真は「真実を写す」を表しているのですが、旅先で美しい光景を見たとき、シャッターを思わず押して、現像して「シマッタ」ということが皆さんもあると思います。
私も現像して「何でこんな写真を撮ったのだろう。」と思うことがたくさんあります。気に入った写真は数十枚に1枚あるかどうかって感じで、「現像・焼付け」が必要な昔は失敗作を確認するためにお金を払っていたようなものでした。
今はデジタルカメラで画像もパソコンを使い、見たり編集したりできるので随分と楽になりました。
話は反れました。「なぜ自分で写した写真に納得いかないか?」なのですが、人間の視界は水平で170度近くあるそうで、とにかく広範囲が良く見えます。
広々とした空間で感動を抱きながら被写体にカメラを向けシャッターを押すのですが、写真には被写体しか写っておらずガッカリするのです。たぶん、被写体の周りにあった感動が写真には写っていないからだと思います。
真実と言うのは、光景と撮った人の感情をうまく重ねたものなんでしょうね。写真を見ながら何かを空想している、それも真実なのかもしれません。
自分がカメラのレンズになった気持ちでシャッターを切れたら良いのですが、いざシャッターを切ろうとするそのときは大抵がルンルン気分で感動はレンズの視角外。・・・寒い中、超望遠レンズに三脚、ただ一瞬を待っている・・といったことのできない私は、失敗だらけ。写真とは難しいものだなと思います。
しかし、昨今はデジタルカメラの時代。失敗を恐れず何回でもシャッターを切れるし、広めに撮って欲しい部分だけを切り取ることも簡単にできます。
様々な角度でカメラを構え、写り具合を思い浮かべながらシャッターを切ることが写真の楽しみであると思います。ただ、いつもカメラを手にしておくこともできませんので、チャンスだけはどうしようもありません・・・。
また、最近では少ない部数でも製本できるサービスもあります。写真を本にするのも一つの楽しみようかなとも思います。
皆さんも、今の感動を残すために、カメラを片手に外室してみてはいかがですか。(寒いでの・・気をつけてください。)
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